天然コケッコー

天然コケッコー@109シネマズMM横浜シアター11。
前評判に期待しすぎたか、想像以上の良さは感じられず。
以下ネタバレを含め感想。



まず、場面場面がぶったぎりの印象を受けた。季節ごとのエピソードにまとめて彼らの成長を描きたかったのかもしれないが、それにしてはそよや大沢君の変化があまり伝わらなかった。だからぶつっと独立した小エピソードの繋ぎ合わせに感じられたというか。
確かにそよはかわいい。そよかわいすぎる。ので、その小エピソードぽさから時々"夏帆プロモーションビデオ"のように見える・・・・・・


しかし一番の問題は映画の内容にあらず。
この映画を素直に楽しめないのは、中学生という時代、そして田舎の生活、この二点が自分に深く関わってくるからかもしれない。
振り返ると私にとって一番恥ずかしい時期は中学生であるから、彼らの恥ずかしさにすかさず共鳴してしまう、という枷がね・・・。
田舎暮らしに関しては、あれほどの田舎じゃないにしろ何でも手に入る都会に憧れる地域に住んでいたものにとっては、大沢君があのままあそこに留まることを100%ハッピーエンドと捉えることができない気持ちが確かにある。

それは、最後のお裁縫のシーンでだいぶそよに傾いているなーとわかるけれど、それまでの大沢君にはあまり真剣味がないからで。適当な気持ちで選べるほど、田舎暮らしはラクじゃない。
ラストはお別れして終わりだと見ながらずっと思ってたぐらいなので、正直びっくりなエンディング。

とっととハッピーエンドかと思いきや「なんつーか、愛が無い。」にものすごくどきっとしたのだけれど、あれはあれで終わりなのか。中学=共同体=家族への愛からの卒業→二人で高校生活の始まり=二人の愛の始まり、てこと? 黒板へのキスはサヨナラのキス?
あのセリフで、どーなるんだぁー!?といきなり不安になりながらエンディングを見ていて、これまた大沢君がなっかなか映らないものだからドッキドキした。最後の坊主頭でほーっと安心。ラストでびびらせるのは、いきなりテイスト違う不穏感は監督の趣味なのだろうか。

ひねくれずに見れば素敵な二人の高校生活の始まりってことで。



一番好きなシーンは、都庁の前でそよが手を繋ぎに行くシーン。先生の前でも気にせず手を繋ぐ、それはすなわち恋愛以前の気持ちだからだと思うけれど、そこから進んでいくのが基本じゃないか。振り払わない大沢君も素直さが透けていていい。先生方はそれを見てもきっと何も言わずにこにこしているのだろう。そんな家族が大好きだ。


こーして考えると悪い映画じゃない。自分に合うかどうか、で。私にはすこし痛い映画だった、かな。