『女の子ものがたり』@渋谷シネクイント

プエラリアの成分とはどんなものか


渋谷シネクイントで鑑賞。芸術物に対し、人生初の勢いで泣いた。びっくりするぐらい涙止まらなかった。いま思い出せばあんなに泣かなくたってよかっただろ、と思うけど(笑)、でも次から次へとあふれてきてしまって。(連れもびっくりしてた)

だけど、それは映画で泣いたというより、己の出自とのオーバーラップを過剰にしすぎてしまったからで。以前私もちょろっと書いたり、最近だとももさん*1やるーとさん*2が書いていた故郷の話にも通ずるものを描いた映画でした。ネタバレってか、まあいちおう隠すか。




田舎の学も金もない女の行く末と、田舎を出て自活し始める女の行く末が(最終的には対比的に)描かれるんだけど、双方に幸せではない部分てのはあるわけです。どっちがより幸せかというのは自分の価値観の中でしか決められないですよね。(私にとっては圧倒的になっちゃんの生き方なのだけど、それを唯一の正だと言い切ることは出来ない)


一人ではどうしようも出来ないから誰かと結婚し従属的に暮らす中で旦那に暴力を振るわれたり、借金にまみれて逃げる生活。しかし一人ではない。


自立して生活苦に追われることもなく生きる女。でも一人。


きぃちゃんとみさちゃんの結婚はともかく、なっちゃんが思う"一人で生きることが悪い(望ましくないこと、さみしいことだ)"という価値観もまた現代的女性の作り出した規範だと思うけれど。



(もちろん彼女たちの境遇の何億倍も恵まれていたけれど)田舎の閉塞感や絶望感や不公平感から「脱出することが出来た」身、そして都会で生きながらなっちゃんの憂鬱と近しいものを持つ身からすると、かなり堪える映画です。


またさー、みさちゃんの両親があんなことになった原因が辛くて辛くて・・・さすがサイバラ原作、て感じでした。(あーいうネタは苦手)


感想になってませんがあげとく。




ふわっふわしたコピーやポスタービジュアルとはうらはらに、ある人はぐりぐり心をえぐられてしまう映画かもしれません。